ほしのや道道標 横浜市泉区の県立松陽高校の前に立つ「ほしのや道」の道標。これは、坂東三十三観音八番札所、座間の「ほしのや観音」への道標とのこと。また「ほしのや道」は、宮沢の六道の辻・松陽高校前・新橋小学校前を経て、現在の県道瀬谷柏尾線につながっているそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月28日 横浜 道標 続きを読むread more
横根稲荷神社 横浜市泉区の相鉄線いずみ野駅から程近くに鎮座し、和泉全域を氏子として周辺の住民や商人の信仰を集め、大山参りの人達も旅の安全を祈願したと伝わる神社。神社の周りでは、昭和12年(1937年)頃まで農耕馬などが走る「旗競馬」が催されていたそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月23日 横浜 神社 続きを読むread more
感念井戸 巴御前は夫であった木曽義仲が敗れると和田義盛に引き取られ、さらに、和田義盛も敗死し、巴御前は木曾へと落ち延びて行ったそうです。 その途中、巴は横根稲荷神社の境内にあった井戸の水で化粧をしたと伝わっています。 トラックバック:0気持玉(0) コメント:0 2020年11月23日 井戸 横浜 続きを読むread more
上浜田6号墳 神奈川県海老名市にある古墳で、墳丘の一部が保存されています。発掘調査により周溝の一部が見つかり、一辺が22mの方墳であったと推定され、また、出土した壺型土器から4世紀に築造されたこの地域の豪族の墓と考えられているとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 古墳 続きを読むread more
瓢箪塚古墳 7基ある上浜田古墳群の中の一つで、全長が約75mあり、海老名市内でも最大の前方後円墳です。平成8年(1966年)に行われた発掘調査の結果、神奈川県内では最古級とみられる埴輪片が出土し、4世紀から5世紀初頭にかけてつくられた古墳であることが判明したそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 古墳 続きを読むread more
上浜田中世建築遺構群 この建築遺構群は、二段の造成面に掘立柱建物跡8棟・竪穴状遺構1基、溝状遺構6本・井戸1基・柵列5本・土杭等から成っていて、建物配置、出土品から、鎌倉時代から室町時代にかけての武士階級の住居であったと考えられているとのことです。現在は、浜田家歴史公園として整備されています。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 遺構 続きを読むread more
第六天神社(綾瀬) 第六天神社は、関東地方(旧武蔵国)を中心としてその周辺に鎮座する神社。元々は神仏習合の時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建されたものですが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代における第六代の面足命・惶根命にご祭神を変更したとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 神社 続きを読むread more
虚空蔵橋 神奈川県綾瀬市を流れる目久尻川に架かる橋で、西方にある龍洞院に通じています。昔ここで、大水が出た時に目久尻川から流れてきた虚空蔵菩薩を拾い上げたと伝えられています。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 橋 続きを読むread more
早川城跡(城山公園) 早川城は現在の神奈川県綾瀬市を流れる相模川の支流目久尻川左岸の舌状台地南端部にあった城。鎌倉時代の御家人・渋谷重国の築城と伝わっていますが、史料に乏しく実態は不明とのこと。現在は「城山公園」として整備されており、平成20年(2008年)には、神奈川県指定史跡となりました。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 城郭 続きを読むread more
東郷氏発祥の地碑 東郷氏の祖は相模国渋谷荘を領し渋谷氏を名乗った一族とのこと。早川城を拠点としていた渋谷重国の次男が薩摩国へ下向、与えられた東郷別府の地名を称したのが薩摩東郷氏の始まりだそうです。早川城跡の物見塚跡には、東郷平八郎が昭和7年(1932年)に建てた「東郷氏祖先発祥之地」の石碑があります。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月17日 神奈川 発祥 続きを読むread more
水道みち この水道みちは、津久井郡三井村(現相模原市緑区三井)から横浜村の野毛山浄水場(横浜市西区)までの約44kmを、明治20年(1887年)に我国最初の近代水道として創設されたものです。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを用いて水道管を施設したそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月07日 横浜 史跡 続きを読むread more
本興寺(横浜) 横浜市泉区にある日蓮宗の本山。この地は鎌倉街道上ノ道が通り、身延山に隠棲した日蓮が湯治のため常陸国に向かう途中に通過し、また、没後の遺骨も通過した地であったとのこと。不受不施派の30世日顕が万治3年(1660年)、日蓮ゆかりの当地に寺基を移し、法灯を伝えることとなったとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月03日 横浜 寺院 続きを読むread more
薬王院(大和) この薬王院の本尊は薬師如来座像。鎌倉時代の武将・和田義盛が眼病治癒を薬師如来に祈ったところ全快したので、一堂を建て薬師如来をまつったと伝わっていて、薬師如来は眼病に霊験があると云われています。 気持玉(0) コメント:0 2020年11月03日 神奈川 寺院 続きを読むread more