岡本太郎の碑(万治の石仏) 万治の石仏は、万治3年(1660年)に造られた石仏で、諏訪大社下社春宮のすぐ近くにあります。1970年代に芸術家の岡本太郎が紹介したことで日本全国に広く知られるようになりました。春宮の旧参道から石仏に向かう砥川沿いの小道の入口に、岡本太郎の揮毫「万治の石仏」の石碑が設置されています。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 岡本太郎 続きを読むread more
万治の石仏 諏訪大社下社春宮から程近い処にある、万治3年(1660年)に造られ、現在は下諏訪町の指定有形文化財に指定されてる石仏。下社春宮に石の大鳥居を立てるよう命じられた石工が、この大石を材料にしようと鑿を入れたところ、その晩の夢枕で良い石材のある場所を教えられたという伝説があるそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 伝説 像 続きを読むread more
諏訪大社下社春宮 諏訪大社下社の2社は諏訪湖の北岸、諏訪盆地の北縁に鎮座し、春宮は秋宮の北西約1.2kmの地に鎮座しています。毎年2月-7月に祭神が祀られているため、春宮とよばれているそうで、境内の社殿3棟が国の重要文化財に指定されているとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 神社 続きを読むread more
諏訪大社下社秋宮 長野県の諏訪湖の近くにある神社で、4社ある諏訪大社の中の一つ。毎年8月から翌1月の間は、秋宮に下社の祭神が祀られているとのことです。神社の周辺は温泉の湧出地で、境内にも御神湯があるそうです。 トラックバック:0気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 神社 続きを読むread more
霞ヶ城(手塚城)跡 諏訪大社下社秋宮のすぐ近くにある城の跡。手塚別当金刺光盛の居城だった処で、金刺光盛は源義仲の挙兵に従い、寿永2年(1183年)加賀の篠原の戦いで、敗走する平家軍の中でただ一人踏みとどまって奮戦する斎藤実盛と壮絶な一騎打ちを行い、その首を討ち取ったことが「平家物語」に記されています。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 城郭 続きを読むread more
諏訪湖 長野県の岡谷市、諏訪市、諏訪郡下諏訪町にまたがる湖。周辺には上諏訪温泉、下諏訪温泉、諏訪大社などの名所があり、また、湖底に武田信玄の遺体を沈めたという「信玄の水中墓伝説」もあります。 トラックバック:0気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 湖沼 続きを読むread more
金刺盛澄像 霞ヶ城の城主、手塚別当金刺光盛の兄。金刺盛澄は、治承・寿永の乱で源義仲の挙兵に従いましたが、義仲が討伐された後、源頼朝によって捕縛され処刑されようとしました。しかし、藤原秀郷流弓術を継承する名手であった盛澄は、鶴岡八幡宮放生会で見事な流鏑馬を披露したため、赦免されたとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 像 続きを読むread more
諏訪大社上社本宮 長野県の諏訪湖周辺に4か所にある諏訪大社の一つ。社は幣拝殿と片拝殿のみで、本殿を持たない諏訪造りという独特の様式の代表的なもの。本宮の神体は現在は守屋山と一般的に認識されていますが、明治時代の始めまでは諏訪氏出身の大祝が上社の神体ないし現人神として崇敬されていたそうです。 トラックバック:0気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 神社 続きを読むread more
諏訪大社上社前宮 長野県の諏訪湖周辺に鎮座する4つの諏訪大社の中の一つ。諏訪湖の南側、上社本宮の南東約2kmの地に鎮座する上社の中で一番古い社で、かつては祭事の中心地でもり、諏訪の祭祀の発祥地とされているそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 神社 続きを読むread more
与助尾根遺跡 長野県茅野市豊平の尖石遺跡の北側にある縄文時代中期の集落遺跡で、尖石・与助尾根遺跡として一括して扱われるとが多いそうです。こちらの与助尾根遺跡では、28か所の住居、石鏃10、打製石斧14、破片4、磨製石斧、石皿、凹石など多数を発掘されていて、複数の竪穴式住居が復元されています。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 遺跡 続きを読むread more
尖石遺跡 長野県茅野市豊平にある縄文時代中期の集落遺跡。竪穴式住居跡33か所をはじめ、53か所の炉跡や列石、竪穴群、屋外埋甕などが発掘されていますが、土器に比べ石器の出土が極端に少ないそうです。また「尖石」の名称は遺跡の南側にある三角錐状の巨石の通称に由来するとのことです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 遺跡 続きを読むread more
尖石 長野県茅野市豊平にある縄文時代中期の集落遺跡である尖石遺跡の名称の由来となった岩で、古くから村人の信仰の対象となっていたそうです。この石の下には宝物が隠されているとの言い伝えが有り、ある時こっそりと村人が盗掘しようとしたところ、その夜の内に熱病で死んでしまった、という伝説もあるそうです。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 遺跡 続きを読むread more
御射鹿池 長野県茅野市豊平にある、面積は約0.1ha、水深は約7mのため池で、日本画家・東山魁夷の昭和47年(1972年)の作品「緑響く」のモチーフとして有名な池です。「御射鹿池」の名は、諏訪大社に伝わる神に捧げるための鹿を射るという神事、御射山御狩神事に由来があると云われています。 気持玉(0) コメント:0 2020年12月13日 長野 観光地 続きを読むread more