テーマ:北海道

富良野

北海道のほぼ中央にあり、テレビドラマ「北の国から」の反響によって多くの 旅行者が訪れるようになり、周辺地域を含めて北海道を代表する観光地に なっています。周辺の1市6町村で「富良野・美瑛観光圏」を形成しています。  
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屈斜路湖

北海道東部、弟子屈町にある日本最大のカルデラ湖で、全面結氷する淡水 湖としても日本最大の面積を持っています。周囲には火山や温泉が多数存 在し、湖岸を掘ると湯が湧き出す砂湯は観光名所となっています。  
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クッシー

北海道の屈斜路湖で昭和48年(1973年)から目撃証言のある未確認生物。 有名なイギリスのネス湖に生息するネッシーに倣って名付けられ、屈斜路湖に おける神秘性の高い話題として、地元では観光資源の一つともなっています。  
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摩周湖

北海道川上郡弟子屈町にある、日本では最も、世界ではバイカル湖に次い で2番目に透明度の高い湖。昭和41年(1966年)に布施明が歌った歌謡曲 「霧の摩周湖」がヒットしたことで、摩周湖の知名度は一気に高まりました。  
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鏡橋

北海道網走市を流れる網走川に架かる橋。橋の向こう側には網走刑務所 があり、網走刑務所に収容されるとき、出所の時、渡るのがこの「鏡橋」。 「水面に我が身を映し、襟を正し心を清めよう」との思いが込められています。  
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網走刑務所前の碑

鏡橋を渡り、網走刑務所の正門へと向かう途中の右手にある碑。   「私の手は厳しいけれど わたしの心は愛に満ちている」 アムステルダムの刑務所の門扉に刻まれている言葉だそうです。  
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網走刑務所

北海道網走市にある、執行刑期10年以下の受刑者の短期収容を目的とす る日本最北端の刑務所。明治期には、ここの囚人を労働力として使い、北海 道の防衛と開拓を進めました。「網走番外地」の舞台として知られています。  
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博物館網走監獄

北海道網走市にある、明治から網走と深い関わりのある網走刑務所の旧建造 物を保存公開している野外博物館。「五翼放射状平屋舎房」は、刑務所の施設 としては日本国内最古で、木造の行刑建築としては世界最古のものです。  
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天都山

北海道網走市市街地の南西にある標高207mの山で、網走国定公園に属し、 国の名勝に指定されています。山頂の展望台からは、網走湖や能取湖、オホ ーツク海、知床半島や斜里岳・海別岳等の知床連山まで望むことができます。  
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オホーツク流氷館

北海道網走市の天都山山頂にある、流氷とオホーツク海をテーマとする 網走市立の科学館。実物の流氷を展示し、その発生の仕組み等が紹介 され、"流氷の天使"クリオネなどの海洋生物も飼育展示されています。  
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網走湖

北海道網走市と網走郡大空町にまたがる湖で、網走国定公園に含まれて います。夏には網走湖ボート場に、北海道内だけでなく日本全国から選手 達が集まり、冬期は全面結氷し、ワカサギ釣りの釣り人で賑わいます。  
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網走市

北海道のオホーツク海に面してあり、市域は「網走国定公園」の一部となっ ている人口約36000人の市。冬になると流氷が押し寄せ、それが観光資 源にもなっています。また、網走番外地という地名でも良く知られています。  
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札幌大通公園

札幌市の中心部を東西に横切る、長さ約1.5km、幅65m、の帯状の公園。 公園の東の端には、さっぽろテレビ塔がたち、公園を一望することができます。 四季を通じ様々なイベントに利用され、さっぽろ雪まつりの会場にもなります。  
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石川啄木像

札幌の大通公園、大通西3交差点近くに、歌碑と並んである石川啄木の像。 「しんとして幅廣き街の 秋の夜の 玉蜀黍(とうもろこし)の焼くるにほいよ」 石川啄木は札幌に2週間滞在し、その間、北門新報社に勤めたそうです。  
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札幌市時計台

正式名は「旧札幌農学校演武場」、通称として「札幌時計台」。北海道庁旧本 庁舎(赤レンガ庁舎)と並び、札幌市の観光スポットです。現在は周囲を高層 ビル群で囲まれている状況で、日本三大ガッカリ名所の一つとされています。  
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さっぽろテレビ塔

札幌大通公園にある、総工費1億7000万円で、昭和32年(1957年) に完成した、高さ147.2mの電波塔。地上90.38mの展望台からは、 札幌の市街が見渡せ、札幌の観光名所の一つになっています。  
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札幌市

北海道石狩平野の南西部にある日本最北の政令指定都市。全国の市の中 で5番目の人口があり、北海道全体の人口の約3割強(約36%)を占めていま す。札幌ラーメン、サッポロビール、等を通しても札幌の名が知られています。  
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大倉山ジャンプ競技場

札幌市郊外にあるスキージャンプ(ラージヒル)の競技場で、札幌オリンピック の競技会場となった場所。ジャンプ台とその周辺は観光地になっていて、展望 ラウンジからは札幌の市街地、石狩平野、石狩湾を一望することができます。  
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新千歳空港

北海道千歳市と苫小牧市にまたがる、道内最大規模の空港。航空自衛隊 千歳基地と隣接・接続し、航空管制も航空自衛隊にて一体的に行なわれる など、日本の防空上の重要な拠点としての意味合いも併せ持つ空港です。  
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土方歳三像

土方歳三は幕末に新撰組副長として活躍。戊辰戦争では旧幕府軍と共に、 宇津宮、会津と転戦し、最後は箱館に上陸。陸軍奉行並として箱館戦争を 指揮しましたが、一本木関門で戦死しました。  
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箱館戦争供養塔

五稜郭タワーの下にある箱館戦争戦没者の供養塔。多くの戦死者を出し た新政府軍の総攻撃の日にあわせて、毎年5月11日に供養祭が行われ ているそうです。  
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箱館奉行所

箱館奉行所は、元々は箱館山の麓にありましたが、1864年(元治元年)、 五稜郭完成とともに現在地に移動しました。戊辰戦争最後の激戦となった 箱館戦争では、旧幕府軍の拠点となりました。  
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五稜郭

江戸時代末期に幕府により築城された西洋式城郭で、函館戦争では、旧 幕府軍の拠点となった所です。現在は、五稜郭公園として市民に親しまれ ています。  
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五稜郭タワー

函館の五稜郭のすぐ傍に立つ、全高98mの展望塔。五稜郭築城100年 を記念して旧タワーが建てられ、現在あるのは新タワー。高さ90mの展望 フロアからは、五稜郭、そして函館市内を見下ろせます。  
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函館市電

北海道函館市の、湯の川~函館どっく前、湯の川~谷地頭を結ぶ路面電車。 明治27年(1894年)、亀函馬車鉄道の設立が起源とされていて、札幌市電 とともに、北海道遺産の一つに選ばれています。  
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土方歳三供養碑

函館の称名寺に土方歳三と新選組隊士の供養碑があります。称名寺は 函館戦争当時には現在地とは違うところにありましたが、新選組残党の 屯所が置かれていたところと伝わっています。  
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新選組最後の地

新選組は文久3年(1863年)に京都の壬生で結成されました。その後、京都 警備で活躍しましたが、戊辰戦争で敗れて北上。最後は、函館弁天島砲台を 守備したものの、ついに降伏し消滅しました。  
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ペリー会見所跡

安政元年(1854年)、神奈川で日米和親条約が締結され、その結果、函館 は安政2年(1855年)3月から開港することになりました。ペリーは、和親条 約締結後、函館に来港して市内の調査などをしたそうです。  
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函館丸

幕末に函館奉行所によって建造された西洋式帆船。安政4年(1857年)に 竣工、明治2年(1869年)、暴風雨で大破し焼却処分になりました。函館港 西埠頭では、昭和63年(1988年)制作の復元船が展示されています。  
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沖之口番所跡

沖之口番所は、江戸時代に松前藩が船舶・貨物への徴税を行うために設け た番所。ペリーの上陸地点、新選組の拠点の一つであった等の史跡でもあ ります。現在は、函館市臨海研究所になっています。  
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