テーマ:千代田区

紀伊和歌山藩徳川家屋敷跡

紀伊和歌山藩徳川家は徳川御三家の一つで、初代藩主は徳川家康の10男頼宣。8代将軍吉宗、14代将軍家重が紀伊徳川家から出ています。その紀州徳川家の上屋敷跡が、現在では複合商業施設である東京ガーデンテラス紀尾井町になっています。
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玉川上水の石枡

東京都千代田区の清水谷公園内に展示されている玉川上水の石枡。この石桝は昭和45年(1970年)に麹町3丁目で出土した玉川上水幹線(本管)の一部。玉川上水は承応2年(1653年)に着工、翌3年6月に完成した、多摩川の水を羽村から取水し、四谷大木戸まで通す43kmにも及ぶ水道でした。
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大久保利通哀悼碑

大久保利通は明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称された政治家。 明治11年(1878年)5月14日、馬車で皇居へ向かう途中、紀尾井坂付近の清水谷(現在の東京都千代田区紀尾井町)で暗殺されました。享年47歳。暗殺現場近くの清水谷公園に哀悼碑があります。
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千本鳥居

東京都千代田永田町に鎮座する山王日枝神社にある千本鳥居。山王日枝神社の末社である山王稲荷神社に通じる稲荷参道と呼ばれる石段に、沢山の朱色の鳥居が見事にたち並んでいます。
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日枝神社

東京都千代田区永田町にある神社。太田道灌が江戸城築城にあたり川越日枝神社を勧請したのに始まりで、徳川家康が江戸に移封された際に城内の紅葉山に遷座して江戸城の鎮守としたそうです。 その後、明暦の大火で社殿焼失のため、万治2年(1659年)、江戸城の裏鬼門にあたるこの地に遷座したとのことです。
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オートマチックトランスミッション

日本初のオートマチックトランスミッションで、ミカサツーリングに搭載されたもの がオカムラいすの博物館に展示されています。オカムラは現在はオフィス家具 のメーカーとして知られていますが、自動車の生産を試みた時期もありました。  
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ミカサツーリング

昭和32年(1957年)の第4回全日本自動車ショウに岡村製作所がミカサ・ スポーツとして出展した車で、翌年、ミカサ・ツーリングと名を変えて10台程 度が製造されたとのことです。オカムラいすの博物館で展示されています。  
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オカムラいすの博物館

東京都千代田区永田町にあるオカムラが運営する椅子に関する企業博物館。 オカムラ製の歴代のデスクチェアのほか鉄道車両や劇場で実際に使用されて いる椅子の展示、椅子のテクノロジーに関する展示などがなされています。  
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田安門

東京都千代田区北の丸公園内、江戸城(現・皇居)に造られた門で、北面す る高麗門と西側に直交する渡櫓門からなる桝形門。昭和36年(1961年) に「旧江戸城田安門」として国の重要文化財(建造物)に指定されています。  
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日本武道館

東京都千代田区北の丸公園にある武道館で、武道以外の屋内競技場、 多目的ホールとしても利用されています。法隆寺夢殿をモデルにした八 角形の意匠で、大屋根の稜線は富士山をイメージしているとのことです。  
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近衛歩兵第1連隊

近衛歩兵第1連隊は大日本帝国陸軍の連隊の一つ。近衛歩兵第2連隊 とならび日本陸軍最初の歩兵連隊で、西郷隆盛が率いた御親兵が母体 でした。北の丸公園内、パレスサイドビルディング傍に記念碑があります。  
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東京・北の丸公園露場

東京の北の丸公園内にある東京管区気象台の地上気象観測施設。積雪計、 感雨器、温度計・湿度計、雨量計が設置されていて、来園者が気軽に見学出 来るように、見学用の通路や観測データの表示施設も整備されています。  
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近衛歩兵第2連隊記念碑

近衛歩兵第2連隊は大日本帝国陸軍の連隊のひとつで、近衛歩兵第1連隊 とならび日本陸軍最初の歩兵連隊。 宮城事件に際し、反乱将校の作成した 偽造命令によって宮城占拠に動員されました。北の丸公園に碑があります。  
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乾通り

皇居の北西部にある乾門から宮内庁の方へ通じる通り。様々な種類の 桜が植えられていて、平成26年(2014年)から、春のお花見の時期と 晩秋の紅葉狩りの時期に一般公開が行われています。  
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富士見多門

多聞とは城郭の石垣上に建てられた長屋状の櫓のことで、江戸時代の 江戸城には、このような多聞が、26棟ほど築かれていたそうです。現存 するのは、この富士見多聞だけで、内部は一般公開されています。  
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宮内庁

宮内庁は、皇室関係の国家事務等を取り扱う日本の行政機関。庁舎は皇居 敷地内にあり、、昭和10年(1935年)に建設され、明治宮殿が焼失してから 今の宮殿が建設されるまでの間、仮宮殿として用いられました。  
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坂下門

江戸城の門で、現在は宮内庁への出入り口になっている門。文久2年 (1862年)、公武合体論を推進し、和宮降嫁を実現させた老中安藤信正 が、尊王攘夷派の志士に襲撃された「坂下門外の変」の現場です。  
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東京駅

東京の表玄関とも言うべきターミナル駅で、特に東海道新幹線と東北新幹線 の起点となっており、全国の新幹線網における最大の拠点となっている駅。 平成24年10月1日に、創建当初の形態への復元工事が完了しました。  
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江戸城外堀跡・地下展示室

東京都千代田区霞が関の地下鉄虎ノ門駅11番出口近くにある、江戸城外堀 の展示施設。この文部科学省構内に残る石垣は、江戸城を取り巻く外堀の一 部で、寛永13年(1636年)に幕府が全国の大名を動員して築いたものです。  
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北町奉行所跡

東京駅の近く、丸の内トラストタワー脇の植え込みの中に説明版があります。 「いれずみ奉行」として名高い遠山左衛門尉景元(遠山金四郎)は天保11年 (1840年)3月から3年の間、北町奉行の職にありました。  
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江戸城 大手門

元和6年(1620年)に、伊達正宗等の外様大名の普請で完成したと伝わる 旧江戸城の正門で、江戸時代には、この門から300諸侯が登城したそうです。 現在は、皇居東御苑の出入り口として一般に公開されています。  
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富士見櫓

明暦3年(1657年)の大火で江戸城の天守閣が焼失した後、天守閣の 代用とされていたと伝わるのが、この三重構造の富士見櫓。万治2年 (1659年)に再建されたもので、江戸城本丸の貴重な遺構です。  
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巽櫓(桜田二重櫓)

江戸城の本丸から見て東南(辰巳)の濠(桔梗濠)の角にあることから 巽櫓と名付けられたそうで、桜田二重櫓とも呼ばれています。富士見櫓・ 伏見櫓とともに、現在の江戸城に残る3つの櫓の中の一つです。  
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和田倉橋

内濠(和田倉濠)に架かり、皇居外苑東側から日比谷通りに通じる橋で、 平川橋とともに江戸城の貴重な木橋の景観を復元したコンクリート製です。 江戸時代には、大名や武士が通行する橋で、一般人は通行不可でした。  
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和田倉門跡

和田倉門は元和6年(1620年)に構築され「蔵の御門」とも呼ばれて いた士衆通行の橋。明治元年の明治天皇の初めてのご東幸の際には、 呉服橋門から和田倉門を通って江戸城西ノ丸に入られたとのことです。  
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江戸城跡

江戸城は麹町台地の東端に、扇谷上杉氏の家臣太田道灌によって築かれた 平山城で、その後、徳川氏によって段階的に改修された結果、総構周囲約4 里と、日本最大の面積の城郭になりました。明治維新後は皇居になりました。  
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楠正成像

東京の皇居前広場にある楠正成(大楠公)の像。楠正成は後醍醐天皇に 忠誠を尽くして戦った南北朝時代に活躍した武将。この像は、住友財閥が 出資し、東京美術学校が制作したそうです。  
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伏見櫓

皇居の正面鉄橋の傍にある櫓で、別名「月見櫓」とも呼ばれているそうです。 江戸城築城の第2期(3代将軍家光の時)の寛永5年(1628年)に、京都の 伏見城から移築したものと伝えられ、皇居で最も美しい櫓と言われています。  
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正門石橋(皇居)

皇居の入り口に架かる橋で、二重橋と誤認されている橋ですが、正門 鉄橋が本来の二重橋とのことです。皇居に入るのには、皇居前広場→ 正門石橋→正門→正門鉄橋→宮殿、が正式ルートだそうです。  
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信任状捧呈式

信任状捧呈式は、着任した特命全権大使または特命全権公使が、派遣元の 元首から託された信任状(英語版)を、派遣先の元首に提出する儀式のこと。 皇居への乗り物として、新任大使の多くが儀装馬車を選ぶそうです。  
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