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子育地蔵

藤沢市高倉にある東勝寺の北西角に、江戸時代中期に七ツ木村の人々により造立された子育地蔵尊のお堂があります。このお地蔵様の周りにある小石で、子どもの切り傷やおでき、火傷などを撫でると早く治り、また赤ちゃんの歯固めに用いると丈夫な歯が生え、誕生餅と共に背負わせると強い足腰を育むとのことです。
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赤い靴母子像

童謡「赤い靴」のモデルとなった岩崎きみちゃんは、日本平の麓、現在の静岡市清水区宮加三で生まれました。きみちゃんと母かよの母子をふるさと清水へ里帰りさせ、母子の永遠の安らぎを託そうと、昭和61年(1986年)3月31日に出生の地を見下ろすように日本平山頂の一角に「母子像」が建立されました。
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日本武尊像

日本武尊は東征の途中、甲斐の国酒折宮より雁坂峠を越えて三峰山に登り、遥かに国中の地理を見渡し、神威の擁護を願い仮宮を造営してイザナギノ尊、イザナミノ尊を祀ったことが三峰神社の始まりだそうです。
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ゆうれい地蔵

江戸の昔、近くの飴屋に毎晩雨の日も赤ん坊を連れた若い女性が飴を買いにきていましたが、この寺の住職がこの地蔵を毎日供養すると、母子は現れなくなったとのことです。この地蔵は死んだ母親に代わって子どもを育てたという言い伝えがあり「子安地蔵」として東京都港区高輪の光福寺の境内に祀られています。
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大石内蔵助像(泉岳寺)

大石内蔵助良雄は播磨国赤穂藩の筆頭家老で赤穂事件の中心人物。赤穂事件は演劇や映画の世界では「忠臣蔵」とも呼ばれていますが、「忠臣蔵」という題名の由来は、蔵一杯の忠臣という意味や、大石内蔵助の「蔵」にかけているなどの説があるそうです。
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自由の女神像

日本におけるフランス年事業を契機に、平成12年(2000年)、フランスの鋳造所で複製されたブロンズ製の「自由の女神像」が東京都港区のお台場に設置されました。このフランス政府公認のレプリカは「台場の女神」とも呼ばれているそうです。
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乙女の像

十和田湖畔にある有名なブロンズ像。十和田湖国立公園指定15周年を記念して昭和28年(1952年)に建てられました。彫刻家でもあり詩人でもある高村光太郎の最後の作品とのことです。
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土井晩翠 歌碑

土井晩翠は現在の宮城県仙台市青葉区出身の詩人・英文学者で、滝廉太郎の作曲による「荒城の月」の作詞者としても知られています。土井晩翠が詞を構想したとされる宮城県仙台市の青葉城址に「荒城の月」の歌碑と土井晩翠の胸像があります。
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伊達政宗配像

仙台城本丸跡にある伊達政宗の騎馬像。昭和10年(1935年)に小室達作の初代伊達政宗騎馬像が建立されましたが、その像は大東亜戦争時に金属類回収令により供出されました。しかし、昭和39年(1964年)10月9日、初代像の石膏原型を用いて2代目の伊達政宗騎馬像が仙台城本丸跡に再建されました。
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水原茂・三原修像

水原茂は香川県高松市出身のプロ野球選手・監督。三原脩は香川県仲多度郡出身のプロ野球選手・監督。同じ香川県出身の水原と三原は武蔵・小次郎にも例えられた永遠のライバルであり、昭和31年(1956年)からの日本シリーズでの直接対決は「巌流島の対決」と呼ばれたそうです。
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菊池寛像

菊池寛は香川県高松市出身の小説家、劇作家、ジャーナリスト。代表作には「父帰る」「恩讐の彼方に」「真珠夫人」などがあります。また、文藝春秋社(現在は株式会社文藝春秋)を創設した実業家でもありました。
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國東照太像

國東照太は現在の高松市出身の政治家で実業家。昭和13年(1938年)に高松市市議会議員を経て、昭和21年(1946年)から昭和47年(1967年)までの21年にわたり高松市長を務めました。また、高松市を中心とする零細企業集団「常磐グループ」の創始者たる実業家でもあります。
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三木武吉像

愛媛県(現香川県)高松市出身の大正から戦後にかけて活躍した政治家。鳩山一郎の盟友で、自由民主党結党による保守合同を成し遂げた最大の功労者。「ヤジ将軍」「策士」「政界の大狸」などの異名を取りました。
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中島知久平像

中島知久平は中島飛行機(後の富士重工業、現在のSUBARU)の創始者とし て知られる人物。海軍軍人、実業家でしたが政治家に転じてからは大臣や政 友会総裁を務めました。群馬県太田市の金山城跡に像がたてられています。  
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フォール大佐像

J・P・フォール大佐(1869~1924)は、大正8年(1919年)1月にフランス 航空教官団として来日。当時第1級の操縦士として知られていて、優秀なフラ ンス空軍士官だったそうです。所沢航空記念公園に像があります。  
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木村・徳田両中尉像

大正2年(1913年)3月28日、青山練兵場からの帰路、木村鈴四郎砲兵中尉 と徳田金一歩兵中尉の搭乗したブレリオ機は、午前11時59分、所沢飛行場を 目前にして突風を受け左翼が折れて墜落、両中尉とも即死でした。  
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航空整備兵の像

埼玉県所沢の所沢航空記念公園にある像。昭和18年、彫刻家故長沼孝三 氏が第二回大東亜戦争美術展に出品し、翌19年5月21日に、当時この地 にあった所沢航空整備学校内に建立されたものです。  
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ウイリアム3世像

ブリックハムハーバーを背にして立つウイリアム3世の像。ウイリアム3世は 1688年11月5日にオランダ軍2万を率いてこの地に上陸し、無血革命を 成功させ、オランダ統領を兼ねたままイングランド王にも即位した人物です。  
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アガサ・クリスティ像

アガサ・クリスティはイギリスのデボン州トーキー生まれの推理作家。発表 された推理小説の多くは世界的なベストセラーとなり「ミステリーの女王」と 呼ばれました。生誕地のトーキーに像があります。  
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ドレイク像

サー・フランシス・ドレークは、エリザベス朝のイングランドの航海者。イング ランド人として初めて世界一周を達成し、アルマダの海戦ではスペインの無 敵艦隊を撃破した海軍提督。プリマスのホウ公園に像が建てられています。  
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佐々木小次郎像

佐々木小次郎は宮本武蔵との巌流島の決闘で有名な剣客。吉川英治の 小説「宮本武蔵」の中では、周防国岩国(現山口県岩国市)の出身とされ ていて、岩国市の「吉香公園」に小次郎の像があります。  
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平清盛像

厳島神社は、平清盛により現在の海上に立つ大規模な社殿が整えられ、 平家一門の隆盛とともに厳島神社も栄えました。宮島桟橋前広場に厳島 神社と縁の深い平清盛の像が建てられています。  
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勝海舟・坂本龍馬師弟像

東京の赤坂にあった勝海舟の旧邸宅跡に建てられている二人の像。尊王攘 夷派だった龍馬は、開国を唱える勝を斬ろうとして、その屋敷を訪れましたが、 勝の思想に触れて考えを変え、弟子入りを願ったという逸話があります。  
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武田信玄像

山梨県甲州市の武田氏菩提寺の恵林寺の横にある、土産物店「信玄館」の 敷地にある武田信玄の像。この像は正面ではなく若干左の方を見ています が、実は向かいの恵林寺にある武田信玄公のお墓を見つめているそうです。  
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絹と乙女の像

開国当時、一番の輸出品は生糸で、横浜港はその最大の輸出港でした。 生糸を横浜港から輸出した英国商社があった歴史的な場所(英一番館跡) にはシルク博物館と、その傍には「絹と乙女の像」が建てられています。  
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ブラントン像

横浜市中区の横浜公園内に日本大通りの方を向いて、政府の招きにより来日 した英国人土木技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの像があります。ブラントン は、吉田橋や、横浜公園、日本大通りの設計をしたことで知られています。  
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家康公・竹千代像ベンチ

岡崎城の天守閣近くにある家康公と竹千代の像。岡崎城には幾つかの 家康の像がありますが、この像はベンチになっていて、岡崎の優秀な石 職人の技術と、地元産の良質な御影石が使われているとのことです。  
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今川義元・織田信長像

愛知県名古屋市の桶狭間古戦場公園にある今川義元と織田信長の像。 永禄3年(1560年)5月19日、おけはざま山の今川義元の本陣に奇襲 攻撃を仕掛けた織田信長軍は見事に今川義元を討ち取りました。  
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徳川家康像(駿府)

徳川家康は6歳の頃より18歳の頃まで、今川家の人質として駿府で生活し、 晩年には駿府城に移って、「駿府の大御所」として実権を掌握していました。 駿府城の本丸跡に、鷹狩の出で立ちの徳川家康の像があります。  
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稚児大師御影堂

東京都世田谷区の等々力渓谷にある稚児大師御影堂。稚児大師とは 弘法大師の幼少期の呼び名で、この稚児大師像は彫刻家清水多嘉示 の作。子供でも拝みやすいように低い位置に安置されています。  
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