テーマ:長野

徳川家大奥供養塔(善光寺)

長野市の善光寺境内にある徳川家大奥供養塔。三代将軍家光の夫人本理院、乳母春日局ら、江戸初期の大奥関係者の供養塔とのこと。善光寺如来様は幕府の女性から篤く信仰され、江戸で出開帳が行われた時には、前立御本尊が江戸城に迎え入れられたこともあったそうです。
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善光寺

長野県長野市にある無宗派の寺院で、皇極天皇3年(644年)の創建と伝わっています。仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院ということで無宗派。また、旧来の仏教の中では稀な女人救済の霊場でもあります。
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白糸の滝(軽井沢)

白糸の滝は各地にあるようですが、これは長野県の軽井沢にある白糸の滝。落差は3m、幅は70mで、地下水を源流とするため、常に一定の流量が保たれているそうです。白糸ハイランドウェイ沿線の最大の観光地となっています。
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聖パウロカトリック教会

長野県北佐久郡軽井沢町にあるカトリックの教会。昭和10年(1935年)に英国人のワード神父により設立され、米国建築学会賞を受賞したアントニン・レーモンドが設計を担当、軽井沢の歴史的建造物の一つになっています。また、数々の小説にも登場し、ここで結婚式をあげた有名人も多いとのことです。     
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旧軽井沢銀座

日本でも有数な長野県の避暑地軽井沢にある商店街で、かつては中山道の軽井沢宿があったところ。軽井沢駅のある新道地区からは北に離れた場所にありますが、リゾート地軽井沢の発祥の地点です。
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ビュイック・エイト

ビュイック は米国の自動車メーカーGMが製造・販売する乗用車のブランドのひとつ。GMのブランド群の中ではシボレーより上級の中級車ブランドに位置づけられ、主に中大型の乗用車を扱っているとのこと。1939年製右ハンドル仕様のビュイック・エイトがデニムストリート軽井沢店に展示されています。
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軽井沢駅

長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・しなの鉄道の駅。以前はJR東日本の信越本線の途中駅でしたが、平成9年 (1997年)10月1日にJR東日本の北陸新幹線(長野経由)が長野駅まで開業した際、北陸新幹線(長野経由)と、しなの鉄道線の接続駅となりました。
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軽井沢・プリンスショッピングプラザ

北陸新幹線軽井沢駅とともに設けられた、長野県北佐久郡軽井沢町にある西武プロパティーズが運営するショッピングモール。ゴルフコースをそのまま残した広大な「芝生の広場」があり、それを囲むようにEast・New East・New East Garden Mall・味の街・West・New Westの6つの店舗群が配置されています。 …
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龍岡城東通用門

龍岡城は、慶応3年(1867年)、龍岡藩主・松平乗謨によって佐久に築かれ た星形の城郭で、函館の五稜郭と並び、日本に2つしかない五稜郭です。 東通用門が、参道にぴんころ地蔵のある成田山薬師寺に移築されています。  
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伴野城跡

長野県佐久市野沢にある、鎌倉時代以来の伴野氏の館跡、後の野沢城の 本丸にあたる地域で、周囲には堀の名残と思われる水路が巡っています。 水路と共に土塁跡でも囲まれた平地は、城山公園として整備されています。  
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ピンころ地蔵

長野県佐久市の成田山薬師寺の参道にある、健康・長寿のシンボルと なっているお地蔵さまで、健康のまま天寿を全うする意味の“健康で長生きし (ぴんぴん)寝込まず楽に大往生する(ころ)”をヒントに命名されたそうです。  
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成田山薬師寺

長野県佐久市にある真言宗智山派のお寺で、本山成田山から勧請された 不動明王をはじめ、大日如来や愛染明王、薬師如来等が安置されています。 古くから地域の人々の信仰を集め、参拝客が大勢訪れているそうです。  
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千曲川

千曲川は埼玉県・山梨県・長野県の県境に位置する甲武信ヶ岳の長野県側 斜面を源流とし、諸河川と合流しつつ佐久盆地、上田盆地を北流しています。 新潟県域では信濃川と呼ばれ、信濃川は日本で一番長い川となっています。  
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鏡石

武田信玄が重臣の山本勘助と馬場信房に命じて、それまでにあった鍋蓋、 乙女城を取り込んだ新たな縄張りをさせたのが、小諸城の原型とのことです。 小諸城本丸跡には、山本勘助が築城時に研磨したと伝わる鏡石があります。  
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小諸城址

甲斐武田家が東信州経営のために築城した城で、酔月城、穴城、白鶴城、 鍋蓋城、等の別名を持ち、現在は、小諸城址懐古園として整備されています。 本丸跡には、小諸藩主牧野氏歴代の霊を祭神とする懐古神社があります。  
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懐古園

長野県小諸市の、小諸城跡を整備して、小諸城址懐古園とした市営の公園。 日本さくら名所100選にも選定されていて、入り口は旧小諸城三の門を利用 しており、徳川家達の筆による「懐古園」の扁額が掲げられています。  
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憩石

慶長5年(1600年)、関ヶ原に向かう途中の、徳川秀忠を大将とする徳川 本隊は、上田城に籠る真田氏を討伐するため、小諸城を本陣としました。 その在陣中に、徳川秀忠が床几として使用した石と伝えられています。  
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C-56 144号

C56形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が製造 した小型軽量テンダー式蒸気機関車で、愛称はシゴロク、高原のポニー。 144号が、長野県小諸市の小諸城址懐古園駐車場に展示されています。  
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本陣跡(海野宿)

北国街道が開削された寛永2年(1625)当時は、本宿は田中宿で、本陣は 田中宿のみに設けられていたそうですが、寛保2年(1742年)の大洪水で 田中宿が大被害を受け、海野宿に本陣が設けられる事となったとのことです。  
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海野宿

寛永2年(1625年)に、江戸幕府によって設置された、北国街道の宿場。 約650 mにわたり街並みが続き、本陣1軒と脇本陣2軒が設けられ、佐渡 の金の輸送、善光寺への参拝客などで非常に賑わいをみせていたそうです。  
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白鳥神社

長野県東御市本海野に鎮座する神社で、日本武尊が東夷東征の際、当地 に滞在した故事から、尊の御霊を勧請したのが始まりと伝えられています。 木曽義仲が武将3千騎を集め挙兵した白鳥河原は、この社前だったそうです。  
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海野氏発祥の郷

海野氏は、信濃国小県郡海野荘(現在の長野県東御市本海野)を 本貫地とした武家の氏族で、真田氏は海野氏の支流と云われています。 平安時代から根津氏、望月氏と並んで「滋野三家」と呼ばれていたそうです。  
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木曽義仲館跡(依田館)

上田市御嶽堂にある、木曽義仲の実質的な挙兵の地と言われているところ。 治承4年(1180年)9月、木曽で挙兵した木曾義仲は、この依田館に入城 し、 翌年、白鳥河原に三千余騎を 集め北陸方面へと進出していきました。  
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御嶽神社

上田市御嶽堂にある、大己貴命、少彦名命、安閑天皇をご祭神とする神社。 創祀年代は不詳ですが、一説には、木曽義仲が「王の御嶽」として信仰し ていた木曾の御嶽山の神(大己貴命・少彦名命)を祀ったと伝わっています。  
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義仲馬大門

長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)は、依田城にも近く、 木曽義仲が挙兵の際、ここで戦勝祈願をしたとされていますが、 その際に、義仲が馬で登った道が現在「義仲馬大門」と呼ばれています。  
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義仲桜

長野県上田市御嶽堂の宝蔵寺(岩屋観音堂)の境内にある、樹齢推定 800年以上のエドヒガンで、毎年春になると、見事な花を咲かせるそうです。 木曽義仲が戦勝祈願したこの地で、義仲が手植えしたと伝えられています。  
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宝蔵寺

長野県上田市御嶽堂にあるお寺で、岩谷堂観音の御堂としても有名。 平安時代初期の建立で、信濃33観音霊場、中部49薬師霊場でもあり、 また、木曽義仲戦勝祈願の地としても知られています。  
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依田川

長野県の小県郡長和町和田峠付近に源を発し、途中で、和田川・男女倉川、 大門川を合わせ、上田市大屋地先で千曲川に合流する一級河川。 4月中旬からは丸子橋上流で、「依田川鯉のぼり」が行われるそうです。  
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安良居神社

長野県上田市を流れる依田川の畔の丸子公園内にある上丸子区の氏神。 創立年月は不詳ですが、義仲創建とも伝えられていて、治承4年(1180年) 義仲が依田城に拠って挙兵した時に、戦勝を祈願したと伝わっています。  
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真田・徳川会見の地

第二次上田合戦の時、上田城に籠る真田昌幸・信繁父子と、東軍の使者 として真田信幸と本多忠政が、会見した場所が信濃国分寺とされています。 この合戦で、真田昌幸は徳川軍を上田城に釘付けにすることができました。  
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