テーマ:静岡

金の成る木

久能山東照宮の家康公神廟の直ぐ傍らに育つ「金の成る木」。この木には、家康が金の成る木の意味として「よろず程よき」「慈悲ふかき」「正直」の3つを挙げ、それに細川忠興が「朝起き」「潔き」「辛抱つよき」「油断なき」「養生よき」「家内むつましき」を加えたとの逸話が伝わっているとのことです。
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徳川家康廟所(久能山)

元和2年(1616年)4月17日に亡くなった家康の遺体は、その日のうちに久能山に移されました。廟所は当初は小さな祠でしたが、三代将軍・家光の時に高さ5・5mの石塔が建てられたそうです。石塔は遺命に従い西を向いています。また、家康の遺体が久能山にあるのか、日光にあるのかは不明だそうです。
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久能山東照宮

静岡市駿河区根古屋に所在する神社。元々はこの地には久能城がありましたが、晩年を駿府で過ごした徳川家康が元和2年(1616年)に死去した後、遺命によってこの地に埋葬され東照宮となりました。 翌年の元和3年(1617年)に家康の墓は下野国日光に改葬され、それが日光東照宮となっています。
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家康公御手形

徳川家康公の廟所であった静岡県静岡市の久能山東照宮の桜門の内側に「家康公御手形」が置かれています。徳川家康が38歳の時のものだそうで、推定身長は155cm~159cm程度とのことです。
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日本平ロープウェイ

静岡鉄道株式会社が運営するロープウェイ。あおい号(殿様の駕籠)、たちばな号(お姫様の駕籠)の2台のゴンドラで、日本平山頂西側にある日本平駅と、久能山山上に建つ久能山駅との間の距離1065m、高低差124mを約5分で結んでいます。
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赤い靴母子像

童謡「赤い靴」のモデルとなった岩崎きみちゃんは、日本平の麓、現在の静岡市清水区宮加三で生まれました。きみちゃんと母かよの母子をふるさと清水へ里帰りさせ、母子の永遠の安らぎを託そうと、昭和61年(1986年)3月31日に出生の地を見下ろすように日本平山頂の一角に「母子像」が建立されました。
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日本平

富士山や伊豆半島、南アルプスまでも望め、眼下には清水港が広がる、静岡県静岡市にある日本屈指の景勝地。国の名勝に指定され、日本観光地百選コンクールでも第1位となり、「日本夜景遺産」にも認定されています。名称は この近くで日本武尊が草薙剣を用いて活躍したという伝説に由来しているとのことです。
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みほしるべ

「みほしるべ」は三保の松原にある、令和元年(2019年)3月30日にオープンした静岡市三保松原文化創造センターの愛称。三保松原の名勝および世界文化遺産構成資産としての価値や魅力、観光情報等の発信を行うガイダンス施設のこの愛称には 「三保を知る」+「道しるべ」の2つの意味があるそうです。
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神の道

美穂神社と三保の松原を結ぶ約450mの松並木。羽衣の松を依代として降臨した神が御穂神社に至るための道とされ「神の道」と呼ばれているとのことです。現在でも筒粥神事では海岸において神迎えの儀式が行われ、その際に神の依りついたひもろぎはこの松並木を通って境内にもたらされるそうです。
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新三景の碑

日本三景(松島、天橋立、宮島)は江戸時代前期に始まったそうですが、大正4年(1915年)、日本三景に倣って日本新三景の選定が提唱されました。全国投票の結果、その翌年に、大沼、三保の松原、耶馬渓の3つが日本新三景に選ばれ、さらにその翌年にはこの3地に日本新三景碑も建てられました。    
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羽車神社と二代目羽衣の松

二代目「羽衣の松」は樹齢650年のクロマツで、立ち枯れが進んだために平成25年(2013年)7月3日に約3mの幹を残して伐採されました。その隣に御穂神社の離宮として鎮座するのが羽車神社で、羽車に乗って三保の松原へ降りた神様はこの羽車神社に鎮座されたと云う伝説のある神社です。
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三保の松原

静岡県静岡市清水区の三保半島の東側に広がる平安時代から親しまれている景勝地。総延長7kmで5万4千本の松林が生い茂る海浜と、駿河湾を挟んで望む富士山や伊豆半島の美しい眺めで有名です。また、天女の舞で知られる羽衣伝説の舞台でもあります。
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エレーヌの碑

エレーヌ・ジュグラリスはフランスの舞踊家で、能の研究の中で「羽衣伝説」を知り、三保の松原に憧れていましたが、訪れることなく35歳の若さでなくなりました。エレーヌの死後、夫が彼女の遺髪を持って三保の松原を訪れ、それに共感した地域住民によりエレーヌの碑が建てられたとのことです。
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羽衣の松

天女が舞い降りて羽衣をかけたとの伝説で有名な三保の松原にある松。初代「羽衣の松」は宝永大噴火の際に海に沈んだと伝えられ、樹齢600年の2代目「羽衣の松」は立ち枯れが進んだため、現在の「羽衣の松」は平成22年(2010年)10月に、近くにある別の松を3代目として認定したものだそうです。
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かんなみの桜

静岡県函南町畑毛を流れる柿沢川の川堤に植えられた約410本の河津桜 の並木。平成13年(2001年)より、「かんなみ桜の会」が丹精込めて育てた 約410本の早咲きの河津桜で、2月下旬ごろが見ごろだそうです。  
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柿沢川

箱根山麓を源流とし、伊豆の国市、田方郡函南町を流れる狩野川水系の 1級河川で、全長は9.8km。函南町では近年、この柿沢川の堤防に約 410本の河津桜を植樹し、桜の新名所として観光客を呼び寄せています。  
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伊豆フルーツパーク

静岡県三島市にある、いちご狩り・メロン狩り・みかん狩りと、1年中季節の様 々なフルーツ狩りが楽しめるほか、大型のレストランやチーズケーキ工房があ り、えびせんべい工場見学、名産品の販売も行われている複合施設です。  
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浜名湖

静岡県の浜松市、湖西市にまたがる面積としては日本で10番目の大きさ の湖。もとは淡水湖でしたが、明応7年(1498年)の大地震と高潮により、 砂州が決壊し、南部で遠州灘に通じる汽水湖となったそうです。  
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井伊氏居館跡

静岡県浜松市北区の井伊谷城跡の麓にある井伊氏の居館跡で、現在では、 南西隅に堀の跡が水路として残るのみ。井伊氏の本拠は平時を過ごした居 館と北西に位置する井伊谷城で構成されていたと考えられているそうです。  
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井殿の塚

静岡県浜松市の井伊谷城跡の近くにある、井伊直満と直義兄弟の墓所。 この兄弟は、天文13年(1544年)12月、家老である小野和泉守道高の 讒言により、駿河の今川舘に召喚され、殺害されてしまいました。  
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井伊谷城跡

井伊谷城は、遠江国の井伊谷(現在の静岡県浜松市北区引佐町)にあった 城で、浜松市指定史跡。井伊氏の祖である井伊共保が万寿9年(1032年) には築城していたと伝えられ、江戸時代初期まで井伊氏代々の居城でした。  
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掛川城大手門

平成7年(1995年)に復元された掛川城の大手門で、平成5年(1993年) に行われた発掘調査で礎石根固め石が12か所確認されたことからの復元 だそうです。当時の位置から北に50m程の位置に建てられているそうです。  
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掛川城御殿

静岡県の掛川城二の丸にある御殿。前の御殿が嘉永7年(1854年)に大 地震で倒壊したため、安政2年(1855年)から文久元年(1861年)にかけ て現在の御殿が再建されました。国の重要文化財に指定されています。  
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霧吹井戸

静岡県掛川市の掛川城天守閣の脇にある井戸。この城が徳川家康に攻撃 されたとき、井戸から立ちこめた霧が城をすっぽりと覆い隠し、徳川軍は攻撃 できなくなったと伝わっています。掛川城の別称「雲霧城」の由来だそうです。  
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太鼓櫓(掛川城)

静岡県の掛川城の三ノ丸から本丸に移築された現存する太鼓櫓。城下に 時を知らせるための大太鼓を納めてあった建物で、当時使われた大太鼓 は現在、市の文化財に指定され、掛川城御殿の広間に展示されています。  
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掛川城

遠江国佐野郡掛川(現在の静岡県掛川市掛川)にあった城。現在の天守閣 は、平成6年(1994年)に市民や地元企業などから10億円の募金を集めて、 戦後初の木造により再建されたもので、掛川のシンボルとなっています。  
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徳川慶喜公屋敷跡

最後の将軍・徳川慶喜が戊辰戦争で破れた後、移り住んだのが静岡市。 現在は料亭「浮月楼」となっているこの地で、慶喜は写真・狩猟・投網・ 囲碁・謡曲など、多くの趣味に没頭する生活を送っていたとのことです。  
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駿府城

静岡県静岡市にある城跡。今川氏が今川館としていた場所に徳川家康 が築城し最晩年に隠居所としました。二ノ丸南東の巽櫓、東御門(櫓門) と続多聞櫓が日本古来の伝統的在来工法によって復元されています。  
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駿府城公園

静岡市葵区にある駿府城の跡地を利用した公園。駿府城の城郭のうち、 旧本丸・二の丸が整備されたもので、園内には家康公の像、家康公お手 植えみかんなどもあり、「日本の歴史公園100選」に選ばれています。  
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駿府城天守台跡

静岡県静岡市葵区の駿府城公園内にある駿府城天守台の跡。現在、発掘 調査中ですが、天守台の石垣の西辺が約68m、北辺が約61mと確認され、 江戸城を上回る日本一の大きさを有していることが分かりました。  
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