テーマ:兵庫

天空の白鷺

姫路城は平成21年(2009年)6月から平成27年(2015年)3月までの工期 で平成の修理が行われ、工期中は「天空の白鷺」と名付けられた大天守を覆っ ている素屋根の施設から大天守上層部の修復作業の見学ができました。  
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お菊井戸

姫路城の本丸下、「上山里」と呼ばれる一角にある「お菊井戸」。 姫路城第9代城主小寺則職の代に起きたお家騒動の犠牲になったのが、 お菊で、それが元になり、様々な「皿屋敷」の物語ができたそうです。  
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書写山ロープウェイ

姫路市が運行しているロープウェイで、標高371mのところにある 書写山上の名刹・圓教寺付近と麓を約4分間で結んでいます。 全長は781mで、高低差は211mです。  
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円教寺

兵庫県姫路市の書写山にあるお寺で、天台宗の別格本山。 西国三十三所のうち最大規模の寺院で、「西の比叡山」と呼ばれるほど寺格 は高く、中世には、比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称されました。  
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神戸市立博物館

神戸市中央区京町にある、昭和57年(1982年)会館の人文科学系博物館。 神戸市立南蛮美術館と神戸市立考古館が統合してできたもので、建物は、 昭和10年(1935年)に、横浜正金銀行神戸支店として建設されたものです。  
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楠木正成戦没地

楠木正成は、後醍醐天皇の忠臣で、建武の新政に大きく貢献した武将。 太平記に拠れば、湊川の戦いで敗れた正成は、弟正季と共に「七生」を誓い、 現在の湊川神社の北にある廣厳寺の塔頭で、共に自害したとされています。  
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楠木正成公墓所

楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の戦いに敗れて自害。 湊川神社(明治5年創建)の境内にある墓所には、元禄5年(1692年)、 徳川光圀によって、墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」が建立されました。  
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湊川神社

神戸市中央区にある、楠木正成を祭神とする神社。 明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、 明治5年に、境内に墓所・殉節地を含む、湊川神社が創建されました。  
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旧湊川跡

建武3年(1336年)5月25日、摂津国湊川で、九州から東上して来た 足利尊氏・足利直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った後醍醐天皇方の 新田義貞・楠木正成の軍との間で合戦が行われました。  
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大楠公像(湊川)

楠木正成は河内金剛山の西、南河内郡千早赤阪村に居館を構えていたと 云われる武将で、建武の新政の立役者として足利尊氏らと共に活躍しました。 尊氏の反抗後は、湊川の戦いで尊氏の軍に破れて自害しました。  
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願成寺

神戸市兵庫区にある浄土宗のお寺で、平安後期、衰退していた観音寺を 法然上人の弟子住蓮坊が中興して、願成寺と称したとのことです。 住蓮は、世に有名な承元の法難で、近江で斬罪に処せられました。  
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平業盛之塚

神戸市兵庫区の善光寺境内にある、平業盛の塚。 平業盛は、清盛の弟の平教盛の三男で、通盛、教経、忠快らは兄弟。 一ノ谷の戦いにおいて、源範頼の軍の手にかかり討死にをしました。  
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会下山

神戸市兵庫区にある、長田区との区境に隣接する標高80~85mの山。 建武3年(1336年)、湊川の戦いでは、楠木正成が会下山に本陣を置いて 僅か数百名の手勢で数万の足利尊氏軍を迎え撃ったことで知られています。  
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風見鶏の家

神戸市の北野異人館街にある異人館の一つ。 明治42年(1910年)に、ドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマス氏が自邸 として建てた建物で、尖塔の風見鶏は北野異人館のシンボルとなっています。  
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北野異人館街

神戸市中央区北野に点在する洋館群で、神戸の代表的観光地の一つ。 開港後の外国人居留地の用地不足解消のため、東は生田川、西は宇治川の 範囲に限り日本人との雑居を認めたのが北野異人館街の起源とのことです。  
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厳島神社(兵庫)

兵庫県神戸市兵庫区永沢町に鎮座する神社で、治承4年(1180年)の創建。 平清盛によって、兵庫津の発展と住民の繁栄を析廟し、平家一門の氏神 である安芸国厳島神社を勧請して、この地に創建されたと伝えられています。  
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久遠寺

神戸市兵庫区にある法華宗のお寺ですが、平清盛の経ヶ島築造の頃、 このあたりが浜辺であったことから「浜の寺」とも呼ばれているそうです。 この場所には当時、別な「築島寺」と呼ばれる寺があったとも伝わっています。  
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恵林寺

神戸市兵庫区にあるお寺で、境内にはかつて、弁財天の社があったとのこと。 その社は、平清盛が経が島築造の際に人柱を用いてようやく成就したが、 その後、7ヶ所に弁財天を建てた内の北の端の社だったと伝えられています。  
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済鱗寺

治承4年(1180年)の福原遷都の際、平清盛が安芸国厳島神社を 福原京の周りの七つの地に勧請し、それが七弁天と呼ばれたとのことです。 七弁天の中の一つである「べんきょう弁天」がこのお寺の境内にあります。  
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鎮守稲荷神社

神戸市兵庫区西出町にあり、「ちぢみさん」の愛称で親しまれている神社。 創建については不明だそうですが、平清盛が兵庫津の整備を進めるにあたり、 工事の安全を祈願して創建したという説もあるとのことです。  
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平経俊塚

神戸市兵庫区の鎮守稲荷神社の境内にある、平経俊を供養する五輪塔。 平経俊は、平清盛の異母弟である平経盛の子で、経正、敦盛らは兄弟。 平知盛の指揮下で生田の森で源氏軍と対戦し、奮戦の末に討死にしました。  
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高田屋嘉兵衛本店の地

神戸市兵庫区西出町にある、高田屋嘉兵衛の本店があったとされる推定地。 淡路島から来住した嘉兵衛は、 当地で船乗りとしての頭角をあらわし、嘉兵衛 が引退する文政五年(1822年)まで、本店が置かれていたとのことです。  
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七宮神社

神戸市兵庫区七宮町に鎮座する神社で、生田裔神八社の一社。 清盛の経ヶ島築造の際、塩槌山に住む神が怒って暴風雨を起こすことが 判り、神社を七宮町に移築し祀ったところ、無事築造できたと伝わっています。  
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松王小児入海之碑

神戸市兵庫区島上町の来迎寺(築島寺)の境内にある碑。 平清盛が経が島を築くとき、暴風大波のために工事が進まず、清盛の児童 であった17歳になる松王丸が進んで人柱になり完成したと伝わっています。  
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妓王妓女の塔

神戸市兵庫区の来迎寺(築島寺)の境内にある、妓王妓女の塔。 妓王と妓女は姉妹の白拍子で、平清盛に大変寵愛されましたが、平家 滅亡後、嵯峨野から兵庫に移り住み、平家の菩提を弔ったと伝わっています。  
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来迎寺(神戸)

神戸市兵庫区島上町にある浄土宗西山派のお寺で、別名が築島寺。 寺伝によると、平清盛が経が島を築くとき、17歳になる松王丸が進んで人柱 になり完成したので、松王丸の菩提を弔うために寺を建てたとのことです。  
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金光寺

兵庫県神戸市兵庫区にある高野山真言宗のお寺で、通称は「兵庫やくし」。 平清盛が、福原に運河の開鑿を行おうとした際、兵庫大輪田の海中から黄金 の薬師如来像が出現したので、大伽藍を建立したのが金光寺とのことです。  
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兵庫大仏

神戸市兵庫区の能福寺境内にある大仏で、明治24年(1891年)に建立され、 金属類回収令で国に供出されるまでは、日本三大大仏の一つでした。 現在の大仏は、平成3年(1991年)に再建されたものです。  
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平相國廟

神戸市兵庫区にある能福寺の境内にある、平清盛の墓、平相國廟。 平清盛は、養和元年(1181年)、閏2月4日に京で死去、享年64歳。 能福寺は平清盛が出家した寺と伝えられ、平家一門の祈願寺でした。  
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瀧善三郎正信碑

神戸市兵庫区の能福寺にある、瀧善三郎正信の供養碑。 滝善三郎正信は幕末の備前岡山藩士で、神戸事件の責を一身に背負い、 永福寺において外国人検視7名を含む列席が見守る中で切腹しました。  
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