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為五郎の足跡
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為五郎がこれまでに足跡を残してきたところをご紹介します。

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タイトル 日 時
開港広場
開港広場 安政元年(1854年)3月3日、横浜の海岸のこの場所で日米和親条約が 結ばれ、それを記念して昭和57年(1982年)につくられたのがこの公園。 このすぐ近くには、玉楠の木、応接所跡(現神奈川県庁)などもあります。 ...続きを見る

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2017/05/20 14:12
旧居留地消防隊地下貯水槽遺構
旧居留地消防隊地下貯水槽遺構 明治4年(1871年)から明治32年まで、ここを本拠地とした居留地消防隊 の防火貯水槽として建造され、昭和47年まで使用されていたそうです。 横浜消防局本部も置かれていたことがあり、消防救急発祥の地でもあります。 ...続きを見る

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2017/04/10 13:50
不忍弁天堂
不忍弁天堂 東京上野の不忍池の中にある弁天堂で、寛永寺の堂宇の一つ。 天海僧正が寛永寺を創建した時に、不忍池を琵琶湖に見立て、弁天島を 竹生島に見立て、そこに弁才天を祀ったのが始まりと云うことです。 ...続きを見る

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2017/04/05 13:15
不忍池
不忍池 東京の上野恩賜公園の南の端にある、周囲約2kmの天然の池。 遊歩のための堤で、蓮池、ボート池、鵜の池の3つの部分に分かれていて、 春には桜、夏には蓮、冬には鴨などの水鳥を楽しむことができます。 ...続きを見る

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2017/04/05 13:08
壁泉(上野公園)
壁泉(上野公園) 上野公園の南側入り口の階段脇に、「壁泉」がありますが、この「壁泉」は、 かつてこの付近にあった「黒門」をモチーフにデザインされたものだそうです。 「黒門」は、上野戦争の時の激戦地として知られています。 ...続きを見る

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2017/04/05 12:00
清水観音堂
清水観音堂 寛永8年(1631年)に天海大僧正により建立された、京都東山の 清水寺を模した舞台造りのお堂。御本尊も清水寺より恵心僧都作の 千手観音像を迎えし、秘仏としてお祀りしているそうです。 ...続きを見る

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2017/04/05 11:56
東京藝術大学大学美術館
東京藝術大学大学美術館 東京都台東区上野公園の東京藝術大学美術学部構内にある美術館で、 東京藝術大学の前身である東京美術学校以来のコレクションや歴代卒業生 の作品などを収蔵展示しています。 ...続きを見る

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2017/04/05 10:06
東京都美術館
東京都美術館 東京都台東区にある、大正15年(1926年)に日本で最初の公立美術館 として開館した都立美術館。美術館や動物園などの文化施設が集積する 「上野の山」の一角で、東京を代表する文化施設群の一翼を担っています。 ...続きを見る

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2017/04/05 10:00
小松宮彰仁親王像
小松宮彰仁親王像 小松宮彰仁親王は日本の皇族、陸軍軍人で、戊辰戦争では、奥羽征討総督 として官軍の指揮を執り、また、佐賀の乱においては征討総督として、さらに、 西南戦争にも旅団長として出征し、乱の鎮定に当たりました。 ...続きを見る

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2017/04/05 09:55
上野恩賜公園
上野恩賜公園 江戸時代には、徳川家の菩提寺、東叡山寛永寺のあった場所ですが、 上野戦争で焼け野原になり、その後、日本初の公園になったそうです。 博物館、美術館、動物館などがあり、また、桜の名所にもなっています。 ...続きを見る

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2017/04/05 09:52
西郷隆盛像
西郷隆盛像 上野公園にある「上野の西郷さん」として有名な像。 西郷隆盛が山に入って兎刈りをしている様子を表しているという。 西南戦争が終わってから21年後の明治31年につくられました。 ...続きを見る

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2017/04/05 09:37
博士王仁碑
博士王仁碑 上野公園の清水観音堂の裏手に立つ、王仁博士を記念した石碑。 王仁博士とは、朝鮮の百済から、論語十巻千字文一巻と共にやってきて、 日本に漢字、儒教を伝えた、記紀等にも記述されている偉人とのことです。 ...続きを見る

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2017/04/05 09:34
天海僧正髪塚
天海僧正髪塚 天海僧正は、江戸時代初期に徳川家康の側近として活躍した僧。 家光の代に、江戸城の鬼門にあたる忍岡に寛永寺を創建したのも天海僧正。 天海僧正は、実は明智光秀であったという異説もあります。 ...続きを見る

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2017/04/05 09:33
江戸小路
江戸小路 羽田空港国際線ターミナルビル4階にある、江戸の町並みを再現した商業 施設で、外国からの観光客に日本情緒を味わってもらうために様々な演出 がなされていますが、日本人にも充分にショッピングの楽しめるところです。 ...続きを見る

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2017/04/04 13:51
東京国際空港
東京国際空港 東京・首都圏を代表する日本最大の国際空港で、通称羽田空港。 国際線1つと国内線が2つ、計3つのターミナルと4本の滑走路を持ち、 1日の発着回数は、国内線が約1000、国際線が170に上るそうです。 ...続きを見る

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2017/04/04 13:34
妙本寺
妙本寺 妙本寺のあるところは比企谷と呼ばれ、比企一族の館のある処でしたが、 館は北条氏の軍勢に攻められ、比企一族はこの地で滅亡。一族の菩提を 弔うために、比企能員の末子・比企能本が法華堂を建立したのが始まり。 ...続きを見る

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2017/03/30 13:33
智岸寺稲荷
智岸寺稲荷 鎌倉市の扇ガ谷、英勝寺の先にある阿仏尼卵塔に並んで鎮座する稲荷社。 寛永13年(1636年)に英勝寺が創建される以前、この地には智岸寺があり、 英勝寺の創建後、やぐらを利用して稲荷祠が置かれたと考えられるそうです。 ...続きを見る

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2017/03/30 12:29
阿仏尼墓
阿仏尼墓 鎌倉市の扇ガ谷、英勝寺の先にあるやぐらが阿仏尼の墓と伝わっています。 阿仏尼は弘安2年(1279年)、相続問題を幕府に訴えるため鎌倉へ下り、 このときの紀行と鎌倉滞在のことを記したのが「十六夜日記」です。 ...続きを見る

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2017/03/30 12:28
底脱の井
底脱の井 鎌倉市扇ガ谷の海蔵寺の門前にある井戸で、鎌倉十井の一つ。 安達泰盛の娘(千代能)が水を汲んだところ、水桶の底が抜け、その瞬間、 千代能の心の底が脱け、解脱を得たことがこの井戸の名の由来とのことです。 ...続きを見る

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2017/03/30 12:21
海蔵寺
海蔵寺 神奈川県鎌倉市扇ガ谷にある臨済宗建長寺派のお寺で、山号は扇谷山。 建長5年(1253年)に、宗尊親王の命により藤原仲能が創建。 鎌倉幕府滅亡時に焼失し、応永元年(1394年)に再興されたとのことです。  ...続きを見る

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2017/03/30 12:19

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