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為五郎の足跡
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為五郎がこれまでに足跡を残してきたところをご紹介します。

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鎌倉上の道古道
鎌倉上の道古道 横浜市泉区下飯田町の佐馬神社のすぐ脇にある鎌倉上の道の古道跡。 この道は源頼朝が鎌倉幕府を開いた頃、武蔵大路の本道(鎌倉上ノ道) とされていて、源頼朝もこの道を通って鎌倉に入ったとのことです。 ...続きを見る

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2018/05/26 14:14
左馬神社
左馬神社 横浜市泉区下飯田町に鎮座する神社で、境川沿いに多く見られるサバ神社 の一社。祭神は左馬頭源義朝で、平安時代末期に飯田五郎家義が勧請した とも、小田原北条時代に領主川上藤兵衛が勧請したとも言われています。 ...続きを見る

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2018/05/26 14:09
渡戸橋親柱
渡戸橋親柱 横浜市の下飯田町と藤沢市高倉を結ぶ橋が渡戸橋ですが、その渡戸橋の 古い親柱が横浜市泉区下飯田町の佐馬神社の境内にあります。「渡戸」は その昔、橋のない浅瀬を歩いていた「渡り処」が由来とのことです。 ...続きを見る

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2018/05/26 14:08
富士塚城址
富士塚城址 横浜市泉区下飯田の富士塚公園に「富士塚城址」の碑が建っています。 飯田五郎家義の館があったとされているところで、飯田家義は、石橋山の 合戦で、大庭景親に従いながらも、頼朝の危機を救ったと伝わっています。 ...続きを見る

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2018/05/26 13:48
境川
境川 東京都と神奈川県を流れる川で、河口付近では片瀬川とも呼ばれています。 川の名称は、この川が武蔵国と相模国の国境とされていたことに由来し、現 在でも上流部は、概ね東京都と神奈川県の都県境となっています。 ...続きを見る

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2018/05/26 13:43
境川遊水地情報センター
境川遊水地情報センター 横浜市泉区下飯田町にある情報発信・交流の拠点で、境川の自然や遊水 地の仕組み・役割などを紹介する展示コーナーや会議室を備えています。 また、遊水地の大切な役割である水防時の管理機能を備えています。 ...続きを見る

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2018/05/26 10:13
横浜市開港記念会館
横浜市開港記念会館 横浜港開港50周年記念事業として、1917年(大正6年)に完成した建物。 関東大震災で全焼しましたが、再建されて国の重要文化財になっています。 ジャックの塔の愛称を持ち、現在も中区公会堂として利用されています。 ...続きを見る

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2018/05/20 12:18
開通合名会社煉瓦遺構
開通合名会社煉瓦遺構 横浜の開港記念会館のすぐ近くに残されている明治時代に建てられたと 推定され、関東大震災で倒壊した煉瓦造りの建物の遺構。この会社は横 浜港から陸上される貨物の通関・発送をしていた商社だったそうです。 ...続きを見る

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2018/05/20 12:18
大銀杏
大銀杏 鎌倉の鶴岡八幡宮の大石段の脇に立っていた大きな銀杏の木。3代将軍 源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれ ていましたが、平成22年3月10日未明、倒れてしまいました。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:48
鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮 宇佐八幡、石清水八幡宮、筥箱崎宮、と並ぶ代表的な八幡宮で、源頼朝が 鎌倉に本拠を定めたとき、鶴岡若宮をこの地に移したのが始まり。鎌倉武士 の守護神として崇拝され、 境内は国の史跡に指定されています。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:45
柳原神池
柳原神池 鎌倉の鶴岡八幡宮の境内、舞殿から白旗神社へ向かう途中にある池。 この池は、蛍放生祭・鈴虫放生祭の祭場になるそうで、また、紅葉の季 節には見事な景観になります。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:41
由比若宮遙拝所
由比若宮遙拝所 鎌倉の八幡宮はもともとは材木座にあり、由比若宮と呼ばれています。 その由比若宮を現在の鶴岡八幡宮から遙拝できるのがこの場所で、 舞殿から白旗神社へ向かう途中の右手にあります。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:39
鶴亀石
鶴亀石 鎌倉の鶴岡八幡宮境内、由比若宮遙拝所の脇にある二つの丸い石。 鶴亀石と呼ばれる石で、水で石の表面を洗うと鶴と亀の模様が浮き出 てくる事から目出度い石として昔から祈願されていたとのことです。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:39
白旗神社(鶴岡八幡宮)
白旗神社(鶴岡八幡宮) 鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿から東の方に100m程のところにあるお社。 黒漆塗極彩色の社で、武衛殿とも呼ばれています。北条政子によっ て創建され、祭神は源頼朝と源実朝とのことです。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:38
源氏池
源氏池 鎌倉鶴岡八幡宮にある平家池と対になる池。北条政子が掘らせたという 池で、池の中には旗上弁財天があります。また源氏池には3つの島があ りますが、これは源氏の発展を願う「産」の意味があるとのことです。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:33
若宮大路幕府跡
若宮大路幕府跡 鎌倉幕府は当初、大倉の地に置かれましたが、その後宇津宮辻に移動。 さらに、嘉禎2年(1236年)に若宮大路御所に移されました。そして、 元弘3年(1333年)、ついに鎌倉幕府は、この地で終焉を迎えました。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:15
東勝寺橋
東勝寺橋 鎌倉旧市街地最大の河川である滑川の中流部に架かる橋で、この橋を 西から東へと渡ると、北条氏滅亡の地である東勝寺跡があります。また、 この橋の付近は、青砥藤綱の故事伝承が残るところでもあります。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:11
滑川
滑川 鎌倉市を流れる河川延長6.3キロメートルの二級河川。鎌倉市十二所の 朝比奈峠付近が源流だそうで、そこから、鎌倉市街を流下して、由比ヶ浜 と材木座海岸の間で相模湾に注いでいます。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:10
東勝寺跡
東勝寺跡 東勝寺はかつて鎌倉市葛西ケ谷にあったお寺で、北条氏の菩提寺である と同時に、城塞の意味をもった寺院であったと推測されているそうです。 鎌倉幕府滅亡時には、北条高時ら北条氏一門多数が自刃したところです。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:07
腹切りやぐら
腹切りやぐら 鎌倉幕府は、元弘3年(1333年)、新田義貞による鎌倉攻めにより滅亡。 北条一族とその家臣約800名は、東勝寺に追い詰められ、自害。東勝寺 跡の北方に、当時の戦死者を弔ったと伝わる腹切りやぐらがあります。 ...続きを見る

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2018/05/17 11:06

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