テーマ:埼玉

神楽殿(三峯神社)

埼玉県秩父市の三峯神社の境内、拝殿近くにある神楽殿。三峯の神楽は霧の流れる境内にひびく笛と太鼓の調和よく、その巧妙な撥さばきによって彼の宮本武蔵が二刀流を開眼したと伝えられるものです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

三峯神社

秩父市三峰に鎮座する神社で、秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社。日本武尊が東征中に創建し、景行天皇が社地を囲む、白岩山・妙法ヶ岳・雲取山の三山を賞でて「三峯宮」の社号を授けたと伝わっています。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本武尊像

日本武尊は東征の途中、甲斐の国酒折宮より雁坂峠を越えて三峰山に登り、遥かに国中の地理を見渡し、神威の擁護を願い仮宮を造営してイザナギノ尊、イザナミノ尊を祀ったことが三峰神社の始まりだそうです。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

入間航空祭

航空自衛隊入間基地で毎年11月3日に行われる国内有数の航空ショー。数々の自衛隊機の地上展示、飛行展示などが行われ、ブルーインパルスのアクロバット飛行が20~30万人の観客を集めます。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

笛吹峠

埼玉県の鳩山町と嵐山町の境にある峠。 正平7年(1352年)2月25日、 新田義貞の三男新田義宗らが宗良親王を奉じて足利尊氏の軍勢と戦い、 最終的に戦いの決着がついたのがこの峠だったとのことてす。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

フォール大佐像

J・P・フォール大佐(1869~1924)は、大正8年(1919年)1月にフランス 航空教官団として来日。当時第1級の操縦士として知られていて、優秀なフラ ンス空軍士官だったそうです。所沢航空記念公園に像があります。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

木村・徳田両中尉像

大正2年(1913年)3月28日、青山練兵場からの帰路、木村鈴四郎砲兵中尉 と徳田金一歩兵中尉の搭乗したブレリオ機は、午前11時59分、所沢飛行場を 目前にして突風を受け左翼が折れて墜落、両中尉とも即死でした。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

航空整備兵の像

埼玉県所沢の所沢航空記念公園にある像。昭和18年、彫刻家故長沼孝三 氏が第二回大東亜戦争美術展に出品し、翌19年5月21日に、当時この地 にあった所沢航空整備学校内に建立されたものです。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

所沢航空記念公園

明治44年(1911年)4月5日に徳川好敏大尉が操縦するフランス製複葉機 アンリ・ファルマン機が高度10m、飛行距離800m、飛行滞空時間1分20秒 の飛行を行なった日本初の航空機専用飛行場の跡にできた県営公園です。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

所沢航空発祥記念館

埼玉県所沢市の所沢航空記念公園の敷地内にある航空をテーマにした埼玉 県立の博物館。多数の飛行機が展示され、所沢から発展していった日本の航 空機史、飛行原理、航空産業全般が理解できる展示の工夫がされています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

シコルスキーH-19

米国の航空機メーカー、シコルスキー・エアクラフト社が製造した実用貨物 ヘリコプター。日本では三菱重工業がライセンス生産し、航空自衛隊で救難 機に、各自衛隊で多用途機として、また民間でも運用されました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

H-21

1940年代に米国のパイアセッキ・ヘリコプター社(後のボーイング・バートル 社)で開発されたタンデムローター式ヘリコプター。日本では主に航空自衛隊 が救難機として運用しました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

スチンソンL-5

米国のスチンソン・エアクラフト社製の連絡・観測機で、日本では昭和28年 (1953年)に保安隊へ35機が供与され、パイロットの養成に使用されまし た。陸上自衛隊発足後も昭和31年(1956年)頃まで使用されていました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ヒューズOH-6J

OH-6は米国の航空機メーカー、ヒューズ・ヘリコプターズ社が開発した 小型ヘリコプター。日本では川崎重工業が日本向けOH-6Jをライセンス 生産し、陸上自衛隊、海上自衛隊など、また民間でも使用されました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

川崎KAL2

川崎航空機(現在の川崎重工業)が製作したレシプロエンジンの連絡機。 2機のみが制作され、1号機が海上自衛隊、2号機が航空自衛隊に納入さ れましたが、所沢航空発祥記念館に2号機が展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ビーチクラフトT34メンター

第二次世界大戦後に米国の航空機メーカー、ビーチエアクラフト社が開発 した単発レシプロ練習機。日本では富士重工業がライセンス生産し、輸入 された20機と合わせて計146機が自衛隊に導入されました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

HU-1B

UH-1は米国のベル・エアクラフト社が開発した汎用ヘリコプター。日本では 富士重工業が昭和37年(1962年)から陸上自衛隊向けにUH-1Bのライセ ンス生産を行い、昭和47年(1972年)までに90機が納入されました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

パイパーL-21

米パイパー社が軍用として開発した軽飛行機。日本では保安航空隊に昭和28 年(1953年)に62機供与され、昭和40年頃まで主にパイロット養成の為の基 本操縦練習機として使用されました。所沢航空発祥記念館に展示されてます。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

九七式戦闘機(模造機)

中島飛行機が開発した戦闘機で、陸軍初の低翼単葉戦闘機として昭和15年 (1940年)前後の主力戦闘機として使用されました。旋回性能に非常に優れ 、水平面での格闘戦では右に出る機体は無かったとされている名機です。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

セスナ310

米国の航空機メーカーであるセスナが開発した双発の軽多目的航空機。 乗員1名、乗客5名で、本田航空で使用されていたものが、所沢航空発祥 記念館で分解展示されていて、コックピットに座ることもできます。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ニューポール81E2

大正8年(1919年)に来日したフランス航空教官団が所沢陸軍航空学校で 教材として使った前後複式操縦装置付の練習機で、大正10年12月に甲式 一型と改称されました。レプリカが所沢航空発祥記念館に展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

九一式戦闘機

中島飛行機によって製造された日本陸軍最初の日本オリジナルの設計による 戦闘機。第二次世界大戦前の主力戦闘機で、唯一1機が所沢航空発祥記念 館に解体状態で保存されており、重要航空遺産の第1号に認定されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ノースアメリカンT-6G

T-6はノースアメリカン社製のレシプロ高等練習機。日本では、昭和30年 (1955年)から10年間にわたって自衛隊のパイロットの養成に使用されま した。所沢航空発祥記念館にT-6G、099号機が屋内展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

会式一号飛行機(復元レプリカ)

会式一号機は、明治44年(1911年)に日本で製作された飛行機。この機体 は軍用機としては初の国産機で、10月13日に初飛行に成功しました。原寸 大レプリカが所沢航空発祥記念館入り口ロビーに吊り下げ展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

C-46A(輸送機)

C-46は米国のカーチス・ライト社が製造した輸送機で、 日本では昭和29年 (1954年)にC-46Dが航空自衛隊へ36機供与されました。自衛隊で使用さ れていたC-46Aが所沢航空記念公園に展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

YS-11

第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機で、双発ターボ プロップエンジン方式を採用。現在は殆んどが退役していて、101号機が埼玉 県所沢市の西武新宿線航空公園駅東口駅前広場に展示されています。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

埼玉県警「さきたま」

「さきたま」は埼玉県警察が運用している3機のヘリコプターの中の1機。 ユーロコプター式EC135P2+型のヘリコプターで、スカイパトロールや 救護救助活動、各捜査活動などの活動をしているとのことです。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

綾瀬川

埼玉県桶川市の小針領家に源を発し、埼玉県および東京都を流れる河川。 大雨が降るたびに川筋が変わり、一定しないことから「あやし川」と呼ばれ、 後に「綾瀬川」と変わっていったと伝えられているそうです。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

和銅採掘遺跡

元明天皇の時代に武蔵国秩父郡から自然銅が発見され、慶雲5年(708年) 正月11日に朝廷に献上され、同日に元号が「和銅」に改元されたとのこと。 その後、日本最初の流通通貨となる和同開珎が発行されました。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

聖神社

埼玉県秩父市黒谷に鎮座し、慶雲5年(708年)に自然銅が発見され、 和銅改元と和同開珎鋳造の契機となったとされる神社。 「銭神様」とも呼ばれ、金運隆昌の利益を求める参拝者も多いそうです。  
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more